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大阪高等裁判所 昭和49年(く)69号 決定 1974年12月12日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人の代理人である弁護士和島岩吉、同大深忠延、同稲波英治および同関口澄男連名作成の「即時抗告の申立」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、刑法二三条一項は、裁判の確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合にも適用されるものと解すべきであるのに、原決定は、これに反する見解のもとに前記異議申立を棄却する旨の決定をしたもので、原決定には同条の解釈、適用を誤った違法があるから、取消しを免れない、というのであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  本件抗告申立事件記録および申立人に対する傷害、暴行被告事件記録によれば、次のような事実を認めることができる。

申立人は、昭和四七年一〇月七日暴行被疑事件について勾留され、同月一三日同事件について大阪地方裁判所に起訴され、同月一六日保釈許可決定により釈放され、同事件は同年一一月一三日在宅起訴にかかる申立人に対する傷害被告事件と併合され、申立人は、昭和四八年一〇月三一日右両事件につき懲役一年の実刑判決を受けて収監され、同日保釈許可決定により釈放され、同年一一月五日右判決に対し控訴の申立をなし、昭和四九年五月一六日大阪高等裁判所において控訴棄却の判決を受けたが、同月二一日保釈の許可を得て収監されないまま同月二二日右判決に対し上告の申立をし、同年七月一日上告を取り下げて右判決は同日確定した。ところで、これよりさき、同年六月二八日申立人は、別事件の兇器準備集合被疑事件について逮捕され、同年七月一日同事件および銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反各被疑事件について勾留され、同月一七日右各事件について大阪地方裁判所に起訴され、引き続いて勾留されていたところ、大阪高等検察庁検察官は、同月一八日に至り前記懲役一年の刑につき刑期の起算日を同日として執行を指揮したが、申立人は、検察官の右執行指揮に対し同年八月一五日大阪地方裁判所に異議の申立をなし、同裁判所は、刑法二三条一項は裁判確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合には適用されない、との理由により同年一一月二五日右異議申立を棄却する旨の決定をした。

(二)  そこで、刑法二三条一項は、裁判の確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合にも適用されるか否かについて検討する。

同条一項および二項を対比すると、同条一項は、刑の執行を受けるべき者が裁判の確定当時拘禁されている場合、その刑期は裁判確定の日から起算する旨定めた規定であることが明らかであるところ、刑の執行を受けるべき者が当該事件について勾留されている場合には、その拘禁はもっぱら当該刑の執行のための拘禁にほかならないから、同条一項により刑期を裁判確定の日から起算することとすれば、裁判確定後執行手続開始に至る間の拘禁を無意味な拘禁に終わらせず、而も、形式的な執行手続の遅速による不公平を解消することができるから、同条一項を適用することに十分の理由がある。これに対し、本件の如く、裁判確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合には、別事件についての拘禁は、もっぱら別事件の捜査および審判のための身柄の確保を目的とするものであり、事実上の効果はともかくとして法的には裁判が確定した事件の刑の執行確保を目的とするものではなく、而も、別事件についての未決勾留日数は別事件の刑に算入し得る方途が存するのであるから、別事件について勾留されている場合を裁判が確定した当該事件について勾留されている場合と同列に論ずることはできない。所論は、申立人は裁判が確定した事件の刑に服する意思で警察署に任意出頭しその結果別の事件で逮捕、勾留されるに至ったのであるから、同条一項の適用に当たっては申立人は裁判が確定した事件についても競合して拘禁されていたものとして取り扱うべきである旨主張するが、同条一項の適用について、刑の執行を受けるべき者の主観のみを重視して所論のような取扱いをすることは許されないものと解すべきである。所論は、次に、裁判確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合にも、同条一項を適用することは刑の執行を受ける者にとって有利であるから、裁判が確定した事件について拘禁されている場合と同列に取り扱うべきである旨主張するところ、なるほど、別事件についての未決勾留日数は別事件の刑に算入され得るとしても、それは裁量的であって算入されない場合もあり得るし、別事件について無罪の言渡がなされることもあり得るから、別事件について勾留されている場合にも同条一項を適用することは受刑者にとって利益になることは否めないが、別事件の未決勾留日数が別事件の刑に算入されないのは、別事件の審理経過等に照らし算入するのが相当でない場合であり、この場合には受刑者は不当に不利益を蒙るわけではないから、このような場合に同条一項を適用することは、受刑者に対し過当な利益を与えることになり、却って公平の観念に反する結果とならざるを得ないところ、同条一項は、受刑者に対しこのような過当な利益を与える趣旨の規定とは解されず、又、別事件について無罪の言渡がなされた場合に蒙る不利益は、未決勾留日数の本刑算入の場合等にも生じ得る事象(例えば、数個の公訴事実を併合しないで審理した場合、無罪となった公訴事実についての未決勾留日数は有罪となった公訴事実の刑に算入することができない。)であって、本件のような場合に特有な事象ではなく、従って、本件のような場合に同条一項の適用を認めてその救済をはかることは、その必要性に乏しいのみならず、却って公平の観念に反する結果ともなるから、その救済は刑事補償法等による救済に止めるほかはない。

してみると、本件の如く裁判確定当時別事件の勾留状により拘禁されている場合には同条一項は適用されないものと解するのが相当であるから、これと同旨の解釈に基づき本件異議申立を棄却した原決定には、同条一項の解釈、適用を誤った違法は存せず、その他記録を精査してみても原決定を取り消さねばならない理由は見当たらない。

よって、本件抗告は理由がないから刑事訴訟法四二六条一項後段により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 角敬 長谷川俊作)

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